東京地方裁判所 昭和49年(レ)330号 判決 1975年9月22日
控訴人 松村俊夫
右訴訟代理人弁護士 榎本武光
被控訴人 増永岐代子
右訴訟代理人弁護士 雪下伸松
主文
一 本件控訴を棄却する。
一 控訴費用は、控訴人の負担とする。
事実
第一当事者の求める裁判
一 控訴の趣旨
1 原判決を取消す。
2 被控訴人の請求を棄却する。
3 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。
二 控訴の趣旨に対する答弁
主文第一項と同旨の判決
第二当事者の主張及び証拠
左記の外、原判決事実摘示のとおりであるからこれを引用する。
一 控訴人の主張
控訴人は、右のように豆腐の製造・販売を営むために、本件建物を賃借し、約八〇万円を費して右営業のために必要な設備をしたりその改造をしたりした。このことからみても、本件賃貸借は、一時使用のための賃貸借でないことは明白である。
二 新たな証拠≪省略≫
理由
一 被控訴人が昭和四三年六月七日控訴人に対し、その所有する本件建物を、使用目的を店舗及び住居、期間を昭和四八年六月六日までの五年間、賃料を月額金二万五〇〇〇円と定めて賃貸し引渡したことは当事者間に争いがない。
二 被控訴人は本件賃貸借は、一時使用のための賃貸借であると主張するのでこの点について判断する。
1 ≪証拠省略≫によれば、本件賃貸借成立の経緯について次のとおり認めることができる。
(一) 被控訴人は、同人の兄増永和雄が営んでいた八百屋の店員をしていたが、将来のことを考え、おにぎりや定食など簡単な食事のできる店を出して自立しようと考え、本件建物を昭和四三年五月一五日被控訴人の義兄である小松崎要三から代金二七〇万円で買受けた。ところが、その直後、右増永和雄が肝臓を患い病院に入院臥床することとなったため、被控訴人は、当分の間右八百屋の手伝を続ける必要が生じたこと。
(二) 控訴人は、本件建物から一二、三軒離れた家屋で、昭和二〇年から豆腐屋を営んでいたが、右家屋につき約一〇年に亘って訴訟が係属した結果、最高裁判所で敗訴の判決が確定し、昭和四三年六月五日取毀の強制執行を受け、店舗と住居を失い困っていた。そして控訴人の妻千代子は、不動産仲介業の中山広一に、適当な借家を探して貰いたいと依頼していたこと。
(三) 被控訴人は、控訴人の右事情を前記中山広一から聞かされ、本件建物をぜひ控訴人に貸してやって貰いたいと頼まれたので、これに同情し、たまたま被控訴人の方でも、同人の兄増永和雄の前記病状からして、今すぐに八百屋の手伝を止め、大衆食堂を開業することは困難となったこともあって、控訴人に本件家屋を貸すことにした。しかし、おそくとも右和雄の長男が昭和四八年三月高校を卒業して家業の八百屋の仕事に専念できるようになれば、被控訴人は八百屋の手伝を止め、本件家屋で大衆食堂を開きたいと強く望んでいたので、賃貸期間を五年間と区切り、それ以上は絶対に貸さないことを条件に、権利金や賃料等の決定については中山に一任したこと。
(四) そこで中山広一は、控訴人の代理人である松村千代子に対し、前記のような事情で被控訴人が、おそくとも五年後には本件建物を自ら使用する計画を有し、それまでの間に限り賃貸するものであるから、必ずそれ以内に明渡して貰いたいと述べて賃貸条件の交渉をしたところ、千代子は、これを了承したうえ本件賃貸借契約を締結したものであること。
以上のとおり認めることができる。≪証拠省略≫のうちには、中山広一からは賃貸期間五年という話はあったが、五年で明渡さなければならないというような条件については話がなかったという部分がある。しかしながら右部分は前記認定に対比して採用することができず、他に右認定を覆えすに足る証拠はない。
2 次に本件賃貸借の賃料が一ヶ月金二万五〇〇〇円であり、契約成立の際授受された権利金が金二五万円であることは当事者間に争いがない。
ところで≪証拠省略≫によれば、昭和四三年六月一日当時本件建物を普通に賃貸するとすれば、その権利金は金五〇万円、賃料は一か月金三万五〇〇〇円が相当であると認められるから、現実に約定された権利金、賃料は、通常のそれに比較してかなり低額であったこと、しかも≪証拠省略≫によれば、右賃料は五年間一度も値上げされなかったこと、をそれぞれ認めることができ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。
3 以上の事実によれば、本件賃貸借は、五年間限り存続させる趣旨のものであることが明らかであって、一時使用の賃貸借というべきである。≪証拠省略≫によると、控訴人は、本件賃貸借後、金五四、五万円かけて土間や壁囲りをコンクリートに対する等の改造をし、更に金三〇万円以上かけて、豆腐製造の設備をした事実が認められる。
しかしながら、そうだからといって本件賃貸借が一時使用の賃貸借であるとする前記判断を左右するものではない。
三 以上のとおりであって、本件賃貸借は、昭和四八年六月六日限り期間の満了により終了したものというべきであるから、被控訴人のその余の主張について判断するまでもなく、控訴人は、被控訴人に対し、本件建物を明渡さなければならない。そして≪証拠省略≫によれば、昭和四八年八月三一日以降、本件建物の賃料相当額は、一か月金五万円を下らないものと認めることができるので、同日から明渡しまで、賃料相当損害金として月額金五万円の支払いを求める被控訴人の請求も正当である。
四 従って、被控訴人の請求を認容した原判決は相当であって、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法第九五条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 中島一郎 裁判官 塩崎勤 裁判官萱嶋正久は職務代行を解かれたので署名押印できない。裁判長裁判官 中島一郎)